2019年7月14日日曜日

裏切り者

三国志 呂布
中国の武将に「呂布」という者がいた。三国志で有名な関羽と並ぶ猛将だ。
この武将の有名なところは、武勇以上に 裏切り が凄いところだ。
 最初は、并州の刺史だった丁原に使えていたが、天下取りを目指していた董卓の誘いに乗り、丁原を殺害、董卓の養子となり、董卓の元で権力を握り、悪行の限りを尽くした。 
 その後、董卓を倒す動きが出ると、朝廷の有力者・王允の誘いに乗り、またもや裏切って董卓を殺し、一時は政権を奪ったが、その後、董卓の残党に追われて、都を去り、各地を流浪することになる。他の武将と多くのトラブルを起こした呂布が次に考えたのは、   
   他人の領地の乗っ取り
だった。有名な曹操の留守を狙って領地の乗っ取りを謀ったが、曹操の反撃で再度流浪の武将となる。 
 そんな呂布を、これも三国志で有名な劉備玄徳が、憐れに思い受け入れるが、呂布はこの恩を忘れ、劉備の隙を突いて領土を奪った。
 最後は、曹操に破れ処刑される。呂布は、大きなものでも3回、人の道に背いて裏切りを行った。 裏切り者は また裏切る 歴史が教えてくれる。


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